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2016年8月16日 (火)

オーストリア=ハンガリー帝国のエースJulius Arigi 備忘録

WWI での階級はOffizierstellvertreter。准尉なの?訳語自信なし。

32 confirmed victory。
1918年、ウィーンでカール皇帝から、「ウィーンで地上配置(desk job)に就くならば、任官させる」との申し出を辞退。
皇帝から「何を望むか」の問いに「 Send me the best and newest fighter aircraft we have」 と返答。
素晴らしい。素晴らしい。
それに応えたのが同国。これも素晴らしい。
実際に最新の器材を送っている。
要望通り、Avitatik DIの新しい機種、(シリアルは 338.01と 338.02)がIgalo(基地)に送られた。
彼は、WW2 中、Schwechat所在の戦闘機パイロット学校の中隊長であったが、教え子の中にWalter Nowotony,Hans-Joachim Marseille あり。
1977年10月6日、本人が著者であるDr Martin O'Connorに語ったところによると、彼の戦法は「[M]ajor principle was to get as close as possible to the enemy and then down him with the minimum number of shots.」とのこと。彼の教え子の慣用戦法も同じ。
Dr Martin O'Connor, Air Aces of the Austro-Hungarian Empire 1914-1918 (Chaplin Fighter Museum, 1986), pp.22-23.
同人の階級だが、教官時の階級は大尉らしい。
たまたま読んだ 服部 省吾 『撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー』 (潮書房光人社、2012)、頁失念、による。
寝る。

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2016年8月15日 (月)

日本に滞在していたオーストリア=ハンガリー帝国のエース Benno Fiala中尉

Benno Fiala予備中尉。訳語自信ないが。(Oberleutnant in der Reserve)

33 victories, 28 of them confirmed。
同人は1925年に Hugo Junkersの助手となり、1928-1929に訪日。
三菱で、日本初の全金属製航空機製造に従事。
以下の資料に依拠。
Dr Martin O'Connor, Air Aces of the Austro-Hungarian Empire 1914-1918 (Chaplin Fighter Museum, 1986), p.27.

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